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THE AWAODORI 2026
TOKUSHIMA CITY
阿波おどりは400年以上の歴史があり、毎年8月11日から15日までの5日間、徳島市内に国内外から100万人を超える観光客が訪れ、街全体が熱気に包まれます。阿波おどりは古くから「手をあげて、足を運べば阿波おどり」と言われるくらい、初めての方にも親しみやすいのが特徴です。よしこののリズムを感じ、熱気の渦に飛び込んでみませんか。
「観る」前に「知る」阿波おどり
研ぎ澄まされた演舞、心躍るリズム、多彩なデザインの衣装など様々な要素が渾然一体となって 心浮き立つ阿波おどりは完成されています。ちょっと知るだけで阿波おどりはもっと面白くなります。
[阿波おどりの歴史】
阿波おどりの起源には、天正14(1586)年、徳島藩の藩祖・蜂須賀家政が徳島城の築城を記念して、城下の人々に城内での無礼講を許した際に踊られたものが始まりとする「築城起源説」のほか、鎌倉時代の念仏踊りから続く先祖供養の踊りが始まりとする「盆踊り起源説」などがあります。
阿波おどりの主な3つの起源説
[築城起源説]
天正14 (1586)年、徳島城の築城を記念して、城主の蜂須賀家政が無礼講を許可するお触れを出した際に、民衆が祝いとして踊ったのが発祥という説。
[盆踊り起源説]
その名の通り、徳島城下で行われていた盆踊りが起源となり、「俄踊り」「組踊り」「ぞめき踊り」など民衆芸能の影聾を受けつつ、現在の形になったという説。
[風流踊り起源説]
風流踊りは室町時代に流行した中世芸能の一種。徳島でも天正年間に踊られたという記録があります。多くの民俗芸能の源流ともなったこの踊りが、阿波おどりの起源となったとする説。
いずれの説からも400年を超える歴史をもっていることがうかがえます。それが一段と盛んになったのは、蜂須賀家政が天正13(1585)年徳島入りをし、藍、塩などで富を蓄積したことからといわれ、水の都の地形を活かし、藍商人が大活躍し、阿波おどりを豪華にしていきました。その後、阿波藍の衰退後も観光化が模索される中、市民社会に定着し、自由な民衆娯楽として開きます。特に戦後の阿波おどりの復興ぶりは目ざましく、今では日本を代表する伝統芸能となっています。
阿波おどり
徳島市








さあ、今年も世界一美しい「あほう」になろう。
徳島の夏を彩る阿波おどり。
そこで交わされる「あほう」とは、
何かに夢中になれる情熱の証です。
夜を彩る提灯の灯りと、
身体の芯まで響く祭囃子。
一歩足を踏み入れれば、そこには誰もが
「同じ阿呆」として笑い合える、
熱く、美しい世界が広がっています。
この夏、
あなたも本場「あほう」の熱狂を
感じてください。
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